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介護現場の人手不足を救うAI活用の
送迎計画自動作成システム

  • 人手の足りない通所介護の現場で、大きな負担となっているのが送迎業務
  • 効率的な送迎計画の作成を、パナソニックがAIクラウドサービスで自動化
  • 実証を行ったツクイの現場では、大幅な効率化と働き方改革を実現

“慢性的に人が足りない”介護業界。介護職員たちは工夫を凝らしながら日々の業務効率化に努めるが、それでもやはり限界がある。今回注目するのは、介護施設利用者の送迎業務を支援するシステム。疲弊する現場をAIをはじめとするITがどのように改善したのか、その様子をひも解いていく。

1.業務の約3割を占める“送迎”の負荷

近年、膨張する社会保障費の抑制が粛々と進められている。こうした中、国の介護に対する考え方が「自立支援」にシフトしてきた。そこで高まりつつあるのが、通所介護(デイサービス)の重要性だ。2018年4月の介護報酬改定では、通所介護において自立支援・重度化防止に関わる「生活機能向上連携加算」や「ADL維持等加算」を新設するなど、利用者の身体機能維持を推進する明確な方針を示した。 介護報酬、そして政策の面からも、本来であれば自立支援に注力すべき通所介護のスタッフたち。だが現実的に、介護業界は人手不足にあえいでいる。2016年(平成28年)における介護分野の有効求人倍率は3.02倍(厚生労働省「職業安定業務統計」)と高い水準であるにもかかわらず、十分な人材を確保できていない。結果的に「現状のスタッフで業務を回すこと」が常態化している。 さらに通所介護特有の悩みがある。それは、業務時間の多くを介護施設利用者の“送迎”に費やさねばならないということ。経済産業省の調査によれば、通所介護における1日の業務の約3割を送迎業務が占める。 ここまで時間が割かれてしまう大きな要因の1つに送迎計画作成の手間がある。曜日ごとに誰が利用するかの基本データはあるものの、道順の効率性や乗客同士の仲の良し悪し、車椅子の必要など、さまざまな“人”の要素を加味する必要があるのだ。

将来の介護需要に即した介護サービス提供に関する研究会 報告書

業務の約3割を送迎業務が占める

通所介護での送迎業務とお困りごと

送迎業務における課題点

毎回、まるで難易度の高いパズルを完成させるかのような作業だが、これまで多くの施設ではこのルート作成を手作業で行ってきた。ただし最適解を見出せるのは、施設の業務全体と利用者の属性を把握しているベテランスタッフが担当することになる。
とはいうもののパズルをくみ上げるのには時間がかかり、労働環境是正の面からも一刻も早く手を打ちたい――こうした思いのもと、大手介護サービス事業者のツクイとパナソニックが共同で、介護施設向けの「送迎計画自動作成システム」の開発に着手。2018年1月から実証実験を開始した。

2.時間のかかる送迎計画を自動化、まさに望んでいたシステム

今回のシステムは時間のかかる送迎計画を自動作成する、送迎計画作成者にとっては願ってもない仕組みだ。
パナソニック カーエレクトロニクスが開発・販売を手がけるカーナビ連携型の業務車両管理システム「DRIVEBOSS」をベースとし、現場の課題を吸い上げながら介護施設ならではの送迎計画自動作成システムを完成させた。
パナソニックとの橋渡し役を務めたツクイ 経営戦略推進本部 新規事業開発部 課長代理の楚山和豆氏は、導入のきっかけを次のように語る。

株式会社ツクイ 課長代理

株式会社ツクイ

経営戦略推進本部 新規事業開発部

課長代理 楚山 和豆氏

「とにかく送迎計画の作成は時間がかかります。お客様のお住まいの場所や心身状態はもちろんのこと、例えばお客様の入浴時間を考慮したり、その日のスタッフの配置を考えたりなど、事業所内の運営にも目配せする必要があります。これら色々な制約情報と、最も効率的なルートを総合し、時間をかけて作成しなくてはなりません。それをAIやITシステムで構築できるとは、にわかには信じがたい話でした。一方でこれが改善できれば、事業所運営にも非常に役立つだろうと。その思いから共同作業を始めたのです」(楚山氏)

東京ではツクイ世田谷上祖師谷事業所が舞台となった。実証そのものは2018年1月からだが、プロジェクト自体は2017年春頃からスタートした。クラウド上のAIに細かい制約情報を読み込ませて、パターンや組み合わせを学習。大阪のパナソニック本社から研究開発員が何度も足を運び、必要・不要な情報の洗い出し、簡便なユーザーインタフェース(UI、操作画面)の構成などを詰めていき、入念な準備を行った。 楚山氏は「私の頭にあるイメージをそっくりそのまま写し取ってもらった、そんなイメージです」と当時を振り返る。

ツクイ世田谷上祖師谷事業所

ツクイ世田谷上祖師谷事業所

話し合いを重ねる中で見えてきたのは、「人間が快適に感じるアルゴリズムはどんなものか」ということだった。

「最も効率的なルートをはじき出すアルゴリズムがベストと考えていましたが、効率が良くなったとしても上手くいかないことがありました。AIは例えば、あるコースで1人だけを乗せて帰ってくるといった提案をしてきます。確かに計算上はそのほうが早くなりますが、実際は現場の担当者が納得の行く送迎計画でないと無理が生じます。ですから途中で、人間の判断も加えるようなアルゴリズムにしようと方向転換しました。その柔軟な思考性からは非常に多くのものを学びましたね。さすがパナソニックさんだなと」(楚山氏)

これまで送迎計画の重責を担ってきたツクイ世田谷上祖師谷の管理者の若橋綾氏は

「とても役に立っています。(送迎人数の少ない日曜日などは)クリック1つで作成できてしまいます。これこそ、本当に望んでいたものでした」(若橋氏)という。

ツクイ世田谷上祖師谷 管理者・介護支援専門員

ツクイ世田谷上祖師谷

管理者・介護支援専門員 若橋 綾氏

AI/ITによる作業の標準化は、知識の共有をもたらした。1人の頭の中で完結していたノウハウが可視化され、今では若橋氏以外に2名が作成を担当している。

楚山氏は「全社アンケートの結果、事業所の中核を成す職員が、本来の業務ではない送迎計画作成に多大な時間を費やしていることが浮かび上がってきました。これまでムダにしていた時間を本来の業務に振り分けられる、その観点から言えばこのサービス自体が働き方改革の具体的な施策の1つと言えるでしょう」と評価する。

画面上で送迎計画を作成

画面上で簡単に送迎計画を作成することが可能

介護は人と人が接するサービスのため、ITに対するアレルギーが強い業界。しかし楚山氏は「今後も介護需要の拡大が続き、人材不足は解決しなければならない課題の一つです。今回のケースのように、将来的には属人的な作業をIT化して誰もが担当できるようにしていくことが必然になってきます」と予測する。2018年6月の本格導入後も、ともに調整を重ねながら進化を続けていく予定だ。

座席も簡単に指定することが可能

座席も簡単に指定することが可能

3.「もう以前のやり方には戻れない」という究極の褒め言葉

送迎計画自動作成システムは2018年6月から、基本機能の提供を開始する。もとになっているDRIVEBOSSは、モビリティ向けの課題解決型ソリューションとして2017年9月に発売した。もともと一般企業の社用車向けに安全運転・業務効率化支援を軸に展開しているが、“もっとカーナビの特長を生かして新たな価値創造ができないだろうか”との発想から、今回のプロジェクトが始まった。
パナソニック カーエレクトロニクス ソリューション事業統括部 営業2部 DRIVEBOSS推進課 課長 熊谷繁氏はこう語る。

営業2部 DRIVEBOSS推進課 課長 熊谷 繁氏

パナソニック カーエレクトロニクス株式会社

ソリューション事業統括部 営業2部

DRIVEBOSS推進課 課長 熊谷 繁氏

「介護業界は今後の日本にとって重要な業界であるにもかかわらず、非常に人材が不足しています。そこでパナソニックグループのさまざまな事業部やAI担当の技術開発部門などと横断的に話し合いを重ねる中で閃いたのが今回の送迎計画自動作成システムです。
そして『こんなことがあれば課題が解決できるのではないか』との解決手段を書き出して、グループのパナソニック エイジフリー(パナソニックグループの介護事業体)にヒアリングに行ったところ、大いに賛同してもらいました。グループ内の知見をすばやく収集できたことは、パナソニックならではの強みと言えるでしょう」(熊谷氏)

ツクイとシステムを作り上げていく中で、最も難しかったのは「いい感じ」の送迎計画を作ることだった。ツクイの楚山氏も同様のことを指摘しているが、要するにAIの効率至上主義だけでは上手く事が運ばない。

「送迎計画自動作成システムの特長は、多くの制約情報を考慮し、簡単操作で全車両一括の送迎計画を作成し、カーナビ連携で送迎実績を作成できる点にあります。作成した送迎計画は訪問先リストとしてカーナビに転送表示され、訪問先ルートを案内します。ドライバーがカーナビに訪問先を設定する必要もなく、道に不慣れなドライバーへ効率的な送迎を支援することで、ドライバー確保や送迎業務軽減に貢献します。さらに、利用者の制約情報を1人ずつきちんとセットアップして、そこに要件を加味することで最終的に計画作成が格段に楽になります」(熊谷氏)

利用者制約情報の入力画面

利用者制約情報の入力画面

例えば制約情報の設定画面では「車椅子利用」「同乗禁止指定」「同乗希望指定」「施設受入時間帯」などの項目を非常に細かく設定できる。また、自動割当後の計画作成画面や車内の座席指定画面もぱっと見でわかるもので、作成した送迎計画はカーナビ画面に訪問先リストとして表示。随所に誤認識を防ぐ工夫がなされている。
使い慣れたパソコンソフトのように、わざわざ説明書を見なくても操作できる簡便さにも留意した。

「仮運用をしているお客さまからの声としては、『操作がとても簡単で無理のない計画作成ができる』『計画作成そのものが楽しくなった』『もう以前のやり方には戻れない』など、前向きな感想をいただいています。今春の展示会での様子がメディアに取り上げられ、北は青森から南は鹿児島まで、全国の事業所から大きな反響がありました。一刻でも早く正式導入してほしいといった声を聞くにつれ、同じ課題で困っている事業所がたくさんあることを実感しています」(熊谷氏)

カーエレクトロニクス社としては今後、より多くの施設へのサービス提供を通じて介護業界に貢献していくとともに、高齢者を中心とした“交通弱者のモビリティ手段への貢献”を目指していきたいという。送迎計画自動作成システムは初めの一歩となるが、AI/ITが介護業界という未開の大地を開拓し、これまでにない利便性・効率性、そして結果的に労働環境改善をもたらした貴重な例となった。ここから発展を続けていけば、5年後、10年後には今からは想像もつかない“交通弱者のためのモビリティ手段”が世の中に根付いているかもしれない。

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